-その後の1919F-
2003年8月3日には、前回とは違い、希望者抽選制の1919F団体臨時特急が運転され、道中、寝屋川車庫に立ち寄り、3000系や8000系を交えた撮影会も実施されました。その後も、交野線や宇治線・本線の区間普通運用などを続けていたようです。しかし、この1919Fを取り巻く情勢が一変したのが、9月6日のダイヤ改正でした。交野線・宇治線ともに10分間隔となり、また本線の中書島〜三条間の区間普通も廃止され、本線で1919Fを見る機会は激減しました。そんな中、ダイヤ改正当日の9月6日には、私市から淀屋橋までの直通K特急「おりひめ」の一番列車としてこの車両が使用され、特急マークも取り付けられて運転されました(なお、通常は「おりひめ」「ひこぼし」ともに2600系が使用されています。)。しかし、このダイヤ改正以降は、休日でも一日中寝屋川に入庫という日も少なくなかったようです。

そんなこんなで1年が過ぎ、この特急カラーの1919Fも2004年3月中旬をもって見納めということになり、その少し前から、「1919F見納め運転」として、本線の区間急行や普通、「ひこぼし」などで特別運用を持つようになりました。そして3月14日日曜日には、天満橋〜三条間を希望者先着順制の団体臨時特急として2往復しました。かつて取り付けていたような副標(ヘッドマーク)も再現され、また当日天満橋駅に展示されていた9000系9004F「新撰組トレイン」との並びも実現しました。今回は、私の都合上、最後の三条→天満橋間の下り列車・天満橋到着時のみの調査となりますが、可能な限りお伝えしたいと思います。

2004/3/14、天満橋駅に最後の臨特が到着
入線… 方向幕回転中の一こま。昔は三条〜宇治間にも急行が運転されていたんですね。 天満橋ですから、やはりこの幕も公開すべき…?
京都側先頭車の鳩マークと副標。 新撰組トレインとの並び。 全体像。
窓に取り付けられていたステッカーのようなもの。天満橋到着直後に撤去。 こちらは大阪側先頭車。既に「回」の副標が出ています。 鳩マークを裏返すと、ちょうど行き先表示が隠れるようになっています。

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